お答えします、ゆがんだ医療


オンコロジストの独り言、2006108日掲載の「ゆがんだ医療」に対して、北海道帯広市の北斗病院の小田京太先生から、貴重なコメントを頂いておりましたのでご紹介します。また私の意見も合わせて申し述べておきました。

お初にお目にかかります。私事、北海道帯広市の北斗病院で日本1台目のTomoTherapy運用に携わっている小田京太と申します。先生のお顔はPRICRA-BCのキックオフミーティングで初めて拝見し、浜松オンコロジーセンターのホームページも日々の診療の参考としています。さて、ブログは今回始めて拝見し、この記事があり自戒の念も込めて読みました。当院では来院される患者さんの多くがstage4であり、転移巣治療のために来ると言っても過言ではありません。面談時には転移の治療方針は全身療法が第1選択であること、局所療法たる放射線治療(TomoTherapyであっても当然ですね)は局所制御(症状緩和を伴えばなお良い)であり根治性(生命予後)を上げる事を一切約束するものではない事を説明するのですが、理解できる人、所謂癌難民であり全身療法の選択肢はすでにないと説明されている人、参加する事に意義を見出そうとする人と様々であり、苦心している状況です。個人的にはTomoTherapyは従来の放射線治療の質を底上げを目指すべき機器(ライナックが60点照射ならTomoTherapy80-90点照射)であり、あまり変な評判が流れる事は好ましい事ではないと思っています。先生のようなご高名な腫瘍内科医には先進医療機器(特に放射線治療機)に対するご意見を一度賜ってみたいとも考えていますが如何でしょう?   25 13:30

私も先生のお名前だけは存じ上げておりました。先生の主張されるように、ライナックなどの従来の放射線治療機器に比べれば、トモセラピーは、放射線エネルギーを限局された範囲に集中させることができるという点、安全性制御の点など優れている点がある、というスペックは私も勉強しました。先進医療機械として優れていることはその通りだと思います。異論は全くございません。しかし、問題はその使い方です。

癌の肺転移は、全身に癌細胞が転移した状況で、たまたま、増殖のはやい転移巣が、レントゲンに映るぐらいの大きさまで増殖し、肉眼で認識できるようになったと考えられます。全身ではない、というご反論をされるなら、全肺に、と言ってもいいと思います。CT、MRI、PETでも、多少のスケールの差はあれ、根本は同じことです。癌の転移は、このように、タンポポの種が風に吹かれて、遠くの土地に着地して、次の春になるまでは芽も出さず、花もさかず、こんなところまで来ていたのか、と後になってわかるようなものと似ています。トモセラピーで肺転移のレントゲン、CT、MRIPETで見えるところを、次から次へと照射することは、モグラたたきそのものです。根治性を求めるのならば、それは、見果てぬ夢であることは、臨床腫瘍学を少しでも学んだ医師ならば、誰でも知っています。「乳癌の肺転移を手術することに意味があるか」という問題についても、次のように主張する呼吸器外科医がいます。「単発で、乳癌の手術から長時間経過している場合、切除することで、切除後の生存期間は、あきらかに長いのだから、手術するのが当然だ」と。しかし、これは、セレクションバイアスの結果であることは否定できないのです。つまり、乳癌手術から、長時間経過して、肺に転移してきても単発のままの腫瘍は、生物学的におとなしく、ホルモン剤だけでも充分に長期間にわたってコントロールできるものも多く含まれるわけで、手術したから寿命が延びた、と結論づけることはできません。ですから転移病巣に対する局所治療で根治性を目指すという考え方は、多くの場合、成り立ち得ないのです。例外もあります。たとえば、大腸癌の肝転移、これは、単発の場合、外科切除をすれば、治癒がえられる、生存期間が延びる、という結果は検証されています。しかし、これは門脈系という閉ざされた領域での問題ですので、乳癌の肝転移も切除したほうがよい、という話にはなりません。脳転移に対するガンマナイフ、Xナイフ、これも放射線のエネルギーを、腫瘍部分に集中させることから、従来の全脳照射に比べて優れている点も多いです。しかし、これも、多発脳転移に対して、シラミつぶしのように、10箇所もも20箇所もガンマナイフで照射して治癒させる、という取り組みをしている施設がありますが、これも、根治、治癒という点からみるとほとんど意味のないことだと思います。

もちろん、転移病巣を少しでも縮小させて、症状緩和、QOL改善ということを目指す上では、放射線照射は、大きな意義があることは否定しませんし、その際、ガンマナイフや、トモセラピーは、威力を発揮することは間違いありませんし、ライナックが60点だとすれば、トモセラピーは80点、というのは、その通りでしょう。要するに、癌の生物学的特性を考慮した上で、患者に負担が少なく、効果の大きな治療を選べばいいのです。我々の領域でも、同じようなことが言えます。例えば、1950年台から使われているアルキル化剤という抗癌剤を60点とすれば、1990年代に登場したタキサン系薬剤は、80-90点ぐらいのスペックかもしれません。だからといって、全身状態が悪く、余命数日、という状況では、タキサン系薬剤を使用することは、なんの意味もないのです。これと同じように、「PETど見つけて転移をことごとくトモセラピーでやっつければ癌は治ります」というような幻想を患者に抱かせるような医療があるとすれば、それはとてもゆがんだ医療である、と申し上げたいわけです。また、他にやることがないと言われた患者さんが希望するからといっても、「転移先をシラミつぶしにしても根治することはない。」というとても大切な、しかし患者さんにとっては、つらい情報をきちんと提供した上での希望なのか、というと、多くの場合そうではないと思います。医学的にみた病状と見通しをきちんと説明することが、どんなにすすんだ医療機器を使用するよりも大切である、と私は思います。以上、遅くなりましたが私の意見を申し上げました。

 

投稿者: 渡辺 亨

腫瘍内科医の第一人者と言われて久しい。一番いいがん治療を多くの人に届けるにはどうしたらいいのか。郷里浜松を拠点に、ひとり言なのか、ぼやきなのか、読んでますよと言われると肩に力が入るのでああそうですか、程度のごあいさつを。

“お答えします、ゆがんだ医療” への 1 件のフィードバック

  1. ご覧になって頂きありがとうございました。予想されたことではありますが、転移巣に対する局所療法への切実な期待感をつくづく感じています。一方、放射線治療機器の固有名詞や「ピンポイント治療」「強度変調放射線治療(IMRT)」「重粒子線治療」「1mm以下の精度」の言葉に奇跡や幻想を抱いて来院される方々に対して、放射線療法による転移巣消失と根治性(延命緩和医療的には別ですが)は多くは無関係である点や所詮放射線治療であるが故の問題点を説明し、期待と現実の違いにガッカリされるも理解され帰られる場合がほとんどなので救われています。大博打を打とうとする一部例外者への対応には頭を悩ませますが、自分自身は「戦略なき戦術」あるいは「木を見て森を見ない」治療により薬が毒にならないよう戒めているつもりです。以上、取り留めのないお返事で失礼致しました。先生の益々の活躍を期待しています。

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